現代の民主主義における市町村議会について(後編)
前編に引き続いての後編です。
前編を簡単にまとめると、地方議会において民主主義は大切なのですが、地方であればあるほど(人口が少なくなればなるほど)地方自治は困難になるのに対して、その困難に対応できる様な優駿な人材(地方議員、首長、役人共々)が反比例して少なくなるので、地方においての議会制民主主義は崩壊している。そのために新しいシステムの検討が必要になる。と言うお話でした。
そもそも、前編で少し触れて、後日改めて詳しく説明いたしますが、日本人は公平に人を評価することが苦手なので、選挙に向いていないとも言えます。
ちなみに選挙だけではなく、会社の人事や、芸術家、芸能人の評価などあらゆることが苦手と言えます。
ただし、その理由はいわゆる忖度であったり、身内の対する愛だったり、人に非情になれないなどの優しさ故に評価が苦手なのであって、必ず悲観することではないのですが、選挙や会社の人事においては、大きな問題ですのでその点について考えて見る必要はあります。
話を戻しまして、地方における議会制民主主義に変わるシステムですが、まず一つ考えられるのは、中央の機関が代行する。ということです。
そもそも、日本には1,700以上の市町村がありますが、基本的にどの地域も住んでいるのは日本人であり、多少気候に差があったとしても、ほとんどが同じ様な価値観で生きています。ですのでどの市町村議会でもほぼ同じ様な問題を抱え、同じ様な議題にを話し合っていたりします。
恐らく違いといえばそれらの問題に対する予算の振り分けが異なるくらいでしょう。
当然優駿な議員がいれば、企業やイベントの誘致や観光資源の開発など積極的に行って、成功している市町村もありますが、逆に考えてみれば、同じ様な土地に住み、同じ様な問題を抱えていながら、そこにいる議員の質によって、生活の豊かさや満足感に差があるのも考えものです。
ですので、特別差がなく平等に地方自治を行える様に中央の一箇所の機関で全ての市町村の地方自治をおこないます。
そうすれば、情報が一つに集約されるので、どこかで成功例があれば、全ての市町村に対応できるし、何か失敗があれば、他の市町村で同じ失敗を繰り返すこともなくなります。
もちろん、その中央の機関が地方の状況を把握しなければ、適切な対応はできないので何らかの形で地方の情報を中央で常に把握できる様な仕組みは必要です。
ただ、一つの機関で行えば、その機関が腐ってしまえば全体が腐ってしまうので、その機関が腐らない仕組みも必要です。
その仕組みを考える上でまず、考慮しなければいけないのは、その機関は当然国の機関か、何らかの行政、公務員が絡む機関になると思いますが、その場合やはり観光やイベント、各種施設運営やデザインなどのアイデアの柔軟さや、企画等の情報収集能力、実行力、実効性(その施設やイベントが本当に必要かどうか?等)などが欠けます。ですので、国の機関として苦手のところは初めからやらずに、民間の企業に外注すると必要があります。
また、その外注先も一つだけだとアイデアの枯渇や癒着など数々の問題が発生すると思われますので、複数の外注先を利用し、それらの外注先が切磋琢磨する様な状況が望ましと考えます。
さらに、それらの企業が行なった地方自治における実績や特異な点を公開し、市町村がそれぞれ利用する企業を選べることができるといいかもしれません。
上記方法が良いかどうかは、何とも言いかねるところはありますが、現在の地方自治が崩壊しているのは現実で、地方の過疎化、中央の人口増加が進むこれからを考えれば、地方議会に代わる新たなシステムの構築が急務と言えます。
個人的には、現状を踏まえればAIにすべて任せた方がまだマシなのでは!?と思っています。