今の日本に欠けているものを見つけたよ!
しばらくコロナ禍において、当方の投稿が何らかの混乱を来す状況になっては良くないので、投稿を控えていましたが、その間で日本に大きくかけていると思われるものが気が付きましたので、投稿させていただきます。
それは言葉ではよく耳にすると思いますが「リーダーが不在」が言われています。
当方もその通りだと思いますが、気がついたのは日本人の「リーダー像」が違うのでは?と感じます。
皆さんは、インターネットなどで以下の様な画像を見た事がないでしょうか?
こちらは「社長や組織のトップが上から目線で命令している」という組織のイメージで「理想のリーダー像」としては大きく外れている。こういう組織はダメだ!
という意図の図です。
次は「理想のリーダー像」として、リーダーは常にみんなの接頭に立ってひっぱる存在として描かれています。
まさにLeaderの直訳として「導くもの」の役割そのものだと思います。
当方もここまでは正しいと感じます。
しかし、多くの日本人は上下の図を比べて、理想のリーダーは1枚目の図ではなく、2枚目の図だ!と感じていると思われています。
上記の様な図がネットで紹介されているのも、「理想のリーダーとは上から指図するのではなく、自らが先頭に立って導くものだ!」との感じです。
この点につきまして、当方では間違っていると思います。
リーダーが先頭に立って走ると、基本的に前しか見えません。それゆえに自分が道を間違っても気がつかないかもしれませんし、後ろで一緒に引っ張っている者がついてきていなかたり、サボっていたりしても気が付きにくいです。
そこで、上から進む道を決定し、皆に指導し、動向を見守る。間違った方向に進めば、起動を修正する立場が必要になります。
ですので、本当の理想は下の図の様になります。
要するに「トップとリーダーは異なる役割」という事です。
ですが、今の日本人の多くはトップにリーダー像を求める感があります。
当然、トップがトップの役割とリーダーの役割の両方を担うことができれば、万全ですがそもそも人間はそこまで優秀な生き物だとは思いません。
トップと、リーダーが協力してようやく、会社や組織、事業が正しく前に進めると言えます。
今、日本はコロナ禍の対策において大いに混乱しています。
この原因は、一般的に政府の対応にあるとの感じがしますが、そうではなくて本当の意味での「リーダー」が不在なのが原因だと思います。
一見、政府のコロナ対策は混乱している様にも見えますが、ここでは書きませんがちゃんと対策を追っていると、一貫していると思います。後手後手に感じられる対応も、全てちゃんとして理由が存在します。
確かに100点満点の対応とは言い難いかもしれませんが、合格点の対応だとは感じます。
しかし、今の日本はその内容を正しく世間に伝え、正しい方向に導く「リーダー」が居ません。
もしかしたら「マスコミ」がその役割を担う必要があるかもしれませんが、現在はそれほど期待できませんし、報道に仕方やコメンテーターの意見によっては余計混乱してしまいます。
さらに今問題となっているのは、多くの人は政府や自治体の指示に従って自粛や各種対応を行なってますが、一部の人達が自粛せずに居て、それらの人たちが感染し、周りに感染を広げている傾向があります。
その様に人達は、そもそも偏見があるかもしれませんがニュースを見たり、新聞を読んだりしないと思われます。
当然、コロナの対策だけではなく、経済などの政府の政策などにも言えます。
例えばオリンピックの開催などの是非も市井では揉めていますが、今の日本にとってどうしても開催が必要な理由があります。
その理由を丁寧に説明するには江戸時代の世界情勢と日本の置かれている立場から遡って説明する必要があります。それはなかなか困難なことであり、確かに理解し難いことでもあります。
ですので政府の決めたことの是非を自分で判断するのは難しく、意味がないことだとも言えます。
日本は完全に民主主義ですので自分たちで決めた議員の決定を信じて、そのことに対して前を向いて進むことが日本人が幸せになる最も良い手段であり、その為に道を差し示すリーダーが必要になります。
もし、本当に文句があるのならば、民主主義の日本では選挙に行くことで解決させることができます。
他にも会社の運営やイベントなどの事業、地方自治においても組織において決まったことを人に正確に伝え、正しい道に導く「リーダー」を確立させることが、今の日本に最も必要なことに思われます。
また、上述の様に人間の能力的に「あれもこれも」というのは、なかなか困難なので、トップは会社や事業などの方針や内容を決定するのに注力し、リーダーは逆に、自身で内容などを考えることなくトップが決めた内容を信じて前を進むことで効率よく物事が進むと考えます。
特に旭川ではリーダーと言える存在が全くの不在と言えます。
そのかわり小規模の「船頭」がたくさんいて、「船が山を登る」ように、全く明後日の方向に進んでいると感じます。
それぞれの船頭にはそれぞれの都合があるのかもしれませんが、旭川の未来を案ずるのでしたら、そろそろ一つにまとまることが必要なのではないでしょうか?


