ちょっと違う視点で考えてみました。
宗教に関して、最近の流れとちょっと違う視点で考えてみました。
ちなみに、昨今話題なっている宗教と政治の話に関しては、当然批判されるべき問題であると考えており、さらに個人的には親類が別な団体絡みで命を落としたと言える状況になったので、過度な宗教活動につきましては懸念しています。
ただ、違う視点で見ると必ずしても、一般的な宗教活動が全面的に批判するべきことでは無いようにも見える。
とりわけ、旧統一教会につきましては、日本を含め北米でも教会員が多いと聞きます。
多いと言うことは、それなりの訳があると言うことになります。
もちろん、それなりに強引な手段に出ていると言うことは言えるのでしょうが、必ずしも強引な手段ばかりとも言いかねません。
そうなると、教会が何らかのニーズに応えているから。と言う一面が見えてきます。
或いは、そもそも人間社会につけ込まれる「スキ」があるのだと言えます。
先日テレビで解説していた勧誘方法の一例だと…
「大学の新入生のうち、その大学に対して地方から入学して、1人で寂しく過ごしている人に声をかけている」
との事でした。
確かに「宗教の勧誘」として「うまい!」別な感覚としては「ずる賢い」勧誘方法とも言えますが、たとえ宗教の勧誘としても地方から来て1人で浮いている新入生は、学校でも寂しい想いをしている上、初めての親元を離れての一人暮らしだったりもして、大変大きな不安を感じていると思われます。
強い人間の感覚では「しっかりしないと、今後生き残れない!」的な感じかもしれませんが、そうで無い人にとってはまさに「死活問題」です。今までと異なった環境での「寂しさ」や「不安」は、簡単に大学をやめてしまったり、精神を病んでしまうこともそう珍しいことではありません。残念ながら「自死」に至ると言うことも実際にあります。
そのような状況に陥ることを考えると宗教に勧誘されることは、まだマシだと言えます。宗教的に言えばまさに「救いの手」だと言えます。
念のために重ねて言いますが、そこから執拗にお布施を要求するような事は許されることではありません。
また、最近報道でもお布施や高額な壺、経典などの購入をめぐる問題も起きている伝えていますが、20以上前はそのようなことが頻繁に行われていましたが、コンプライアンスの変更後の現在はそれほど大きな問題は起きていないとの話もあります。
他の関連団体の活動も、スポーツ振興、災害被害者への援助など裏で色々とあるかもしれませんが、最低でも表向きは事前活動に見えます。その他に基本的に「世の中が平和になるためのボランティア活動」があり、その中の活動の一つとしてボランティアで考えが近い政党の選挙の手伝いがあるようです。
ただ、政治団体が選挙を手伝うことに対しては是非については当方としては、問題があるとも感じますし、それくらいボランティアならば良いのでは?とも思っています。
なお、法的には問題がないそうです。
そして、それらの活動は行う為には、宗教団体でなくてもやはり運営費や事務手数料など何らかの「活動費」が必要であり、その資金源としても「お布施」がある事は特に問題なく感じられます。
現在進行形の最大の観光資源といるスペインのサグラダファミリアもいわゆる「お布施」を資金に建設されていますし、神社のお賽銭やお守りの購入費、建物補修の為の寄付も近いものがあります。
それら以外にも、一部の活動の中で行き過ぎた勧誘やお布施の強要があたっとしても多分ほとんどの教会員には罪がありませんが、現状の一部マスコミ等の扱いでは教会員ともに「反社会的集団」としされているのは明らかに人権侵害の類だと思われます。
さらに、それらを強く否定する事はできない大きな問題があります。それは多少金額や集金の手段に差があったとしても、霊感商法的なものは既存の新興宗教だけではなく、身近なキリスト教、仏教、神道、イスラム教にも同じようなことが言えます。
すでに多少話題にあっていますが、例えば仏教での戒名に数十万円かかり、料金によって戒名のランクが異なるのも問題だと言えます。他にも神社のお賽銭やお守りの購入、厄払いも全て霊感商法と言えることになります。
古くから馴染みのある宗教はセーフで、新興宗教ならばアウト。というのは道理が通りません。
個人的に感覚では、宗教などはそれぞれ出来た時や、最盛期は最先端の科学や文化であったとしても、現在は古く、時代錯誤のものであり、それらを現在の感覚に合わせてアップデートする事はいい事だと思っています。
例えば、団体として社会や他の団体に何らかの攻撃的な活動を行なっているのでしたら、当然その団体は問題で、取り締まるべきであるとは思いますが、内部でのお金のやり取りに問題があるくらいならば、個人的に「どうでも良い」事だと感じています。
一方、今回の宗教の件を強く問題視しているテレビ報道の裏では、普通に他の宗教や宗教建築を良い意味で紹介する番組が多く報道されており、ある意味今回の件よりもより悪質な霊感商法ともいえる占い番組や心霊番組なども今までと変わりなく普通に放送されています。
個人的にびっくりしたのはNHKの時事公論で霊感商法を強く否定した次の番組が有名なタレント占い師がMCを務めるオカルト番組でした。これは問題ないのでしょうか?
また前置きが長くなってしまいましたが、ここからが本題です。
上述のように、現在の日本でき起きている宗教の問題は、個人的にはどうでも良い問題でありあくまでも「自己責任」の類だと思われます。
だとしても、宗教的な活動が政治に影響する可能性も否定できませんし、正確な答えを出すことができない「霊感商法」を行なっている限り「良い団体」とは良いかねます。
ただ、他の一人ぼっちで寂しい学生を救っていたり、平和に向けての活動を行なっていたり、ボランティア活動を行うのも素晴らしいことだと思います。自分が調べた限りではいわゆる一般的に友達同士や仲間同士で行われるような、レクリエーションなどの活動も行われているようですし、宗教が人を繋げることがなければ行われなかったかもしれない、一般的な社会活動、人間的な活動も行われています。
そして、大きな問題と言われている教団が結婚相手を決めると言うのも、今となってみたら社会的に必要な活動だったのではとも思えます。
日本でも数十年前までは親同士が決めた「お見合い結婚」が比較的珍しくはありませんでしたが、現在は「悪い昔の慣習」とされている感があります。その結果が現在の少子化の要員の一端となったと言えます。
当然、無理矢理知らない人と結婚させられるのは問題ですが、双方に同意があるのでしたら全く問題はなく、もしかしたら現在国家を存続させる為には必要な制度なのかもしれません。
この件も含めて基本的に社会的に「良い行い」「必要な行い」を行なっている団体として捉える事はできます。
ただし、やはり「宗教的」「霊感的」ならば、社会的に邪とされるのも仕方がない気もしない。
だからといって、否定ばかりでは世の中は良くはならず、逆に宗教によって幸せを得ている人や、救われた人にとっては悪い方向に進むだけです。
つまり、否定するのでしたら、ある程度は代わりの受け皿を作る必要があると考えます。
そういう話に一切ならないところが悲しいことであり、自分がその受け皿を作ることができていないのが、我ながら非常に残念無念に感じています。